ハリー・ポッターの世界の中で憧れた、あの「動く肖像画」。
絵の中の人間が動いて話しかけてくるあの感じ、
こんな世界があったらいいなぁとワクワク・ドキドキしませんでしたか?
(ハリポタファンには絶対おわかりいただけると思うのですが。笑)
読んでいた当時は完全にファンタジーの世界の話だなんて思っていましたが、
今ではAIの技術が進んで、なんと故人と“会話”できるような時代になってきました。
声や映像、SNSの文章などから、「その人らしい話し方や考え方」を再現するという代物なようです。
ハリー・ポッターの世界の校長室の肖像画も、
諸説あるものの原則は「故人の記憶」が元になっていますので、ここも共通ですね!
それはいわば、時が止まった相手との会話。
そういう意味では生きている人とは全く異なるわけです。
だからこそ、ハリポタの世界(魔法界の中)でも、
人が亡くなるというのは非常に特別な事象なのだということをなんとなく思っておりました。
そんな中で思ったのは…
技術が進めば進むほど、逆に“人間らしさ”が浮き彫りになってくるんじゃないか
ということです。
私たちは日々ちょっとずつ変わっていきます。
昨日の自分と今日の自分は違いますし、
相手も同じように、少しずつ変わっています。
今この瞬間の私とあなたはこの瞬間にしか味わえません。
そんな中で、すれ違ったり、また近づいたりしながら、関係を続けていく。
言いかえると「変わり続ける者同士が、つながろうとし続けること」ということになると思います。
それこそが“生きている”ってことなのではないでしょうか。
記憶をもとにしたAIとの会話も、原点を思い出すきっかけになったり、
寂しさを埋めてくれる材料にもなりますから決して悪いものではないと思います。
ですが人間の本質はこの可変性とその交わりであり、
“今この瞬間、誰かとどう関わっているか”が一番リアルで、
大切なことなんじゃないかと思った次第です。
AIとの会話が当たり前になったとしても
今ここで誰かと交わす言葉や表情のやり取りには特別な価値がある。
そんなことを、ふと感じたのでした。
その変化、化学反応を楽しめるあり方こそ人生を最大限に楽しむ秘訣と言えるのかもしれませんね!
人事コンサルタント
金森秀晃