部下の成長を思ってフィードバックをしたところ、
落ち込まれてしまって、パフォーマンスの低下を招いてしまった。
フィードバックを習慣化して、修正することに慣れる文化を作ろうと思ったが、
毎回のミーティングが「反省会」のようになってしまい、
士気がどんどん下がっていく。
傷つけないようにかなり配慮してフィードバックをしたにも関わらず、
自己効力感を奪ってしまって、離職を招いてしまった。
皆さんにもこのような経験はありませんか?
日本人は、和を尊ぶ文化ですから、
意見が違うだけで、人格否定と捉えられてしまうような風潮もありますよね。
だからこそ、フィードバックというものは、
頭(理性)では、そうじゃないとわかっていても、
感情レベルでは、「否定」と捉えてしまうという状態なのだと思います。
理性でなんとか「耐えて」いても、言う方にも言われる方にも
かなりストレスがかかっていることは間違いありません。
言われた方がどんどん自己効力感を奪われていくという構図も頷けます。
(本当にフィードバックを求める人は、フィードバックの捉え方から
根本的に異なり、感情レベルでも欲しがっている人のことを言いますが、
日本人である以上、これはある程度トレーニングが必要と言わざるを得ません)
確かに、それを文化にしようと思うと、相当な苦労が予想されますよね。
でも、フィードバックを全くしないわけにもいきません。
仕事のパフォーマンスを著しく低下させるからです。
これからの時代は、目まぐるしく環境が変わり、
自身のやり方、考え方、目標設定なども細かく見直しをして
修正していかなければならない社会になります。
そのような中で、殻にこもってフィードバックや違う意見を受け入れない
なんてことがあると、たちまち社会から置いてけぼりにされてしまいます。
では、どうすればよいか?
そこで、注目されているのが「フィードフォワード」という技術です。
フィード「バック」の逆で、フィード「フォワード」というのは、
未来を改善していくという目的は同じですが、
起こった過去の出来事について追体験するのではなく、
未来の記憶を作り出していくという点に大きな違いがあります。
何やら脳の中でも全く違う作用が働いているそうなのです。
フィードフォワードにおいては前頭前野の活動が活発化しドーパミンが放出され、
嬉しい!楽しい!という感情が沸き起こります。
フィードバックにおいては大脳辺縁系の活動が活性化され
(つまりは前頭前野の活動が抑制される)
ノルアドレナリンが増加、あぁつらい、つまらない、苦しいという感情が沸き起こるのだそうです。
随分な違いですね…。
「まずやってみて、フィードバックして修正」というプロセスは
訓練を経ないと少々ハードルが高いと言わざるを得ないのかもしれません。
10人部下がいれば10人分の未来があります。
一人ひとりの未来(ゴール)を明確にして共有し、
フィードバックはもちろん重要なのですが、
フィードフォワードベースにしていくことで、
フィードバックがより生きる環境づくりができるのではないでしょうか。
人事コンサルタント
金森秀晃