医学を志したきっかけ

金森 そもそも会社員を辞めて医学をやられようと思ったきっかけは?


田村理事長 医学部に行きたいなという想いは漠然と高校生の頃からありましたね。
でも、将来の明確なビジョンをもっているわけではなく、なんとなく進学校だったから受験勉強して数学・物理が苦手だったから、医学部行きたいなと思いつつその時点で諦めていました。一浪して京大の法学部だけ受かったんです。法学部ですから、司法試験受かって法曹に入ろうかと思ったのですが、勉強サークルに入ったものの…「なぜ楽しいはずの学生時代を大学の受験よりも灰色な勉強生活にしなきゃいけないんだ」と思いましてね、それを裏付ける、自分は法曹になりたいという明確な動機もなく、よくわからなくなってとりあえず就職したわけです。
最初は石油会社のサラリーマンをやってまして、本社の総務部法務課で働いていたんですね。法務の正式な仕事は結構つまらなかったんです。契約書の法務の審査が難しかったものですから、法務に出す前に、「これで大丈夫かな?」と聞かれたり相談を受けていました。契約書を読んでいるとそこの部署の仕事も見えてきて、頼りにされると楽しく、「こういう色々な世話焼き仕事を一生の自分の仕事にできたらいいな」と思いましたね。でもこれはこのまま会社にいてはできない。その時、町医者になるとそういった性格の仕事ができるんじゃないかと思ったんです。会社組織はある程度上にいかないと自分で仕事を動かす権限は得られないし、年齢的にも40後半になるだろうと…。そうなるには、上から可愛がられないといけないですし。お酒を結構飲む会社だったから、一番飲んでる先輩に付き合って2次会、3次会、4次会まで付き合って二日酔いで気持ち悪い身体で出社してというのもありました。なんだか自分の人生のエネルギーをすごく無駄にしているような気がしましたね。だから、いっそのことキャリアチェンジをしようとおもったわけです。会社辞めて、必死でやれば医者になれるんじゃないかと思いまして、しばらく考えて思い切って仕事を辞めました。


金森 結構悩まれたんですか?


田村理事長 悩みましたよ、結構。何も考えない人生を送ってきたといっても、「ちゃんと勉強して、いい大学入って、いい会社に就職して、そこで偉くなってくというのが人生の成功だ」といわれて育ってきたわけですから。入社した会社は…、当時メーカーはそれほど人気ではありませんでしたが、誰でも入れる会社ではなかったですし、新入社員で本社に配属されたのも私ともう一人の2人だけでした。会社も幹部候補として期待してくれてましたし、それを全部投げ打って、やり直すっていうのは…正直もったいないなと。


金森 確かに。一般的な感覚で言ったら、誰もがそう思うと思います。


田村理事長 でもね、その時点で「医者になったらどういう医者になろうか」というイメージはできていましたね。どこの医学部に受かったわけでもなく、これから受験勉強するというところですけど。
医者になろうと思ったのはいろんな理由がありまして、近くの診療所にかかったとき…それが非常に気分の悪いところでしたね。「医者もサービス業だろ、もう少しサービス業らしい対応したらどうだ」と思いましたね。でもやはり、世の中のお医者さんはそういう方も多くて。これは自分が開業医になって、サービス業として当たり前の仕事をしたら、多くの人に喜ばれるのではないかと思いました。それで「よし、じゃあ僕がやろう!」と思ったんです。医学部に合格したのが26歳、8年遅れ。普通医者というのは医局に入って雑用しながら博士号をとって留学したりというのが普通ですが、そういう道を進む気は全くなくて、僕は開業医になりたかったので、計算すると32歳に医者になる、医局の下積み仕事とか研究とかすっとばして病院で修業して、診療をして、5年目位で開業して、そうすると37、38ですね、40歳の時点で開業医としての基盤を確立しようと、辞表を出したときにはもう考えていました。


金森 それはすごいですね!そこまで明確に理想像を設定されていたんですね。


田村理事長 そうですね。色々一から受験勉強し直して、それで岐阜大に滑り込みました。その後40歳まではその時に思い描いていた通りの道をきましたね。医学部を卒業して普通は医局に入りますが、僕は医局に入らなかった。反対されましたが、でも僕は全然迷いがなかったです。

金森 かっこいいですね!


サービス業としての医療

田村理事長 徳洲会、新東京病院、国立がんセンター、三井記念病院とか、それこそ、忙しい、たくさんの仕事が経験できるところを経験して、37歳で開業しました。とにかく、僕は「医療はサービス業」だと思っています。民間サービス業ではお客さんが何を望んでいるのか、お客さんが望むサービスをいち早くライバルに先駆けて商品化して、提供してそれがあたれば非常にうまくいくわけですよ。必ずライバルが真似して追いかけてきます。でも最初に成功させたところというのはそれなりにプライオリティがありますね。宅急便を作り上げたヤマト運輸も決して運輸業界でNo1の会社ではありませんでしたよね。準大手というか東京のローカル運輸会社だったと思いますが、宅急便が成功したら他は追いつきませんでしたよね。今は、ヤマト運輸は会社そのものも日本で最大級の運輸会社になっていますし、そこまで苦労して初めて勝ち組になれるというのは民間のサービス業の厳しいところ。医療もおなじく、医療をサービス業として見たときに、これをやったら患者さん喜ぶだろうに、というのがごろごろ転がっているわけですよ。
例えば日曜日にちゃんと診療するって、すごく喜ばれると思いませんか?でも、誰も手を付けない。夜も晩くまで診療する、それをやればみんな来てくれますよね?でも誰もやらない。それは不思議でしたね。 でも自分が、医療の世界に入って、そういったことをどんどんやってくと、一般開業医の平均的なサービスの水準そのものが上がっていくかも知れないと思やろうと思ったんですね。


金森 なんだか…革命家みたいですね!強い信念を感じます。


田村理事長 実際に、金森さんは、小包配送サービスが郵便小包しかなかった時代を知ってますか?きれいに包まないと受け取ってくれなかったんですよ。今はどこもそんな殿様商売ではないですよね。郵便局もペリカン便と合併してゆうパックと称して、必死に追いかけていますよね?
事実、そうやってサービス水準が上がってきたわけですよ。
それを成し遂げたヤマト運輸の小倉昌男という人はすごいですね。ああいう人生というのは実に痛快だと今でも思ってます。ですから、医療機関もサービス業としてもう少しサービスの水準が上がってもいい。患者としてこんなサービスじゃだめだともう少しちゃんとしたサービス業としての心得をもった医療をやらなきゃだめだと思いました。それは医者のマインドじゃなくて、患者さんのマインドなんですね。僕の考え方の原型として残っているんです。


金森 まだ課題があるとすればどういったことがあげられますか?


田村理事長 課題は山ほどあります。一人診療所で小さくやっていれば、入り江の釣り船みたいなものでいいわけですが。でもやっぱり、もう外海に出ていますからね。


金森 なるほど。スケールメリットって考え方は医療では通用するんですか?


田村理事長 医療機関の規模が大きくなることは社会的にとっても意義があります。
働く側からすると、「企業の社員という立場を得られること」それ自体が社会的にも価値があると私は思います。従業員が400人になったからできることもあります。実際に私は地元医師会の会長もやっておりますから、医師会として会員の診療所のために例えば受付職員のマナー講習とか、医師会でやりましょうかということをやるわけです。でもこれはやはり個人診療所ではなかなか難しいと思います。
うちはこの規模になって、はじめて組織単体でそういうことができるんですね。
今新卒も採っています。新卒を採るということは、社会的責任においてさらに重いものがあると思うんです。初めて社会人になる人たちが集まるわけですから、社会人としてのイロハは教育してあげないといけないわけです。

金森 まさにそうですね。新卒を採るということはそれだけの覚悟が必要ですよね。


田村理事長 そのためには研修をZACさんのような外部の講師にお願いしたり、そういうことを初めとして、組織でやらないといけないこともいっぱいあるわけですよね。


金森 この業界(医療)の中で今おっしゃっていただいたようなことを具現化されるっていうのはかなり孤高な戦いになると思うんです、400人の職員の方がいらっしゃっても。私の会社も、この規模でも私も苦悩することがあるので…


田村理事長 でも医者だけ特別である理由は全然ないと思います。動物病院を手広く運営されているところもきっと同じことを言うと思いますよ。動物と人は違うかもしれませんが、似たような業態・仕事をしていると思います。
「組織の中での孤独」という意味ではだいぶ孤独じゃなくなりました。今私が話したような企業理念を認めてくれる職員が増えてきました。特に幹部職員の中でね。一貫している企業理念に対しては、評価をしてくれています。やがてうちみたいなところがいずれはロールモデルになると確信しています。そして、50年後に日本の開業医の世界がみんなめぐみ会のような大きなグループ診療所でやるようになった時に、そのルーツは東京都の多摩市に発祥しためぐみ会だと記憶に残っていただければ、僕の人生として申し分ない。
なぜ大型クリニックが世の中にとって必要かというのを考えたときに、患者さんの求める医療サービスは非常に高度化して多岐にわたっているからなんです。開業医だから誤診されてもやむを得ないとか、そういう風には許してくれません。通院できないならデリバリーサービスを求める(往診して欲しいということです)、具合悪くなってぱっと飛び込んだら医者がいない、先生は往診中といわれたら、ちゃんと居なきゃダメじゃないかとなる。だから、一人の医者では対応しきれない。いつも開いている必要がある。コンビニエンスストア、一般の社会だと24時間サービスがあるわけですから、医療の場合はそういうニーズがもっと高いわけです。ですからいつでも診療し、かつ、自分の病気についてはいつも専門医の高い技量を持ち、ちょっと心配だったらCTが取れるくらいの医療設備も持ち、在宅診療もし、夜中に具合が悪くなればバックアップのネットワークも持つ。今田村クリニックはそれを実現しているんですよ。これは、20数名の医者と90名くらいの職員がいて、その組織力を総動員してはじめて実現できる事なのです。


金森 なるほど、仕組み化されているわけですね。


患者様にとっても、医師にとっても安心の医療とは

金森 患者様には、非常に喜ばれる医療サービスであると感じますが、提供する側としては大変なことも多いのではないでしょうか?


田村理事長 たしかにそういった側面もありますが、実際のこの仕組みは、患者様にとっても、医師にとっても安心の医療体制だと思います。例えば、持病のある患者さんは、近くにかかりつけ医をもちますよね?その患者さんの持病が糖尿病だったら、自分のかかりつけの先生は糖尿病の専門医であってほしいわけですよ。不整脈がある人は循環器の専門医であってほしいし、子供の具合が悪かったら小児科の専門医がいいわけです。しかし、それは一人では実現できません。今、総合診療医が注目されていますが、それは一人の医者が総合診療医として何でも診なさいと、それで手にあまったら、初めて専門医に紹介すればいいんじゃないかという考えでもあります。医者としての技量が最先端ではなくても、患者さんと心通じ合える優しいマインドで接すればきっとできますよというのが基本的な考えなのかもしれません。どんなに技量があっても心が冷たく、嫌な感じの医者だったらやはりこれはダメで、初診で来た患者さんと短い時間でのやりとりで、安心してもらえるだけのコミュニケーション能力はもっていないといけないですね。開業医だけの事ではないですが、開業医には必須条件です。しかし、それプラス、疾患そのものに関しては、やはり今の水準の医療知識、診断技術は持ってないといけませんね。そうじゃと患者さんは認めてくれません。


金森 求められる医師のレベルも上がっているということですか…。


田村理事長 そうですね。めぐみ会にいる医師たちは、医学部を卒業して病院でトレーニングをして専門医のレベルまでいっている方々なので、その領域については専門家なんですよ。ただ、そういう人が開業医になって何でも診るようになると、だんだん勉強する領域が広がりますし、新しい日進月歩で進む水準にキャッチアップしていけなくなるわけです。「自分の持ち場はここ」とある程度はっきりしていれば、そこだけは自分が専門医として通用しなくなるのは嫌だと思うわけですから、一生懸命勉強していく。医者というのはペーパーで勉強するわけではなく、患者さんを診察していくことで腕を確かなものにしていく、勘を鈍らせないということですから、そういう環境がないとなかなかレベルを維持できない。


金森 医師の方々っていうのは基本的にそういうマインドをもっていらっしゃるんですか?

田村理事長 基本的にもっていると思いますよ。特に専門医としてやろうという人はもっていますね。一人で診療すると自分の得意ではない患者さんが来るとすごく怖いものです。私は消化器内科医ですが開業したてのころに、「胸が痛い」とうったえる患者さんが来て、心電図をとると心筋梗塞なんですよ。ご存じかと思いますが、心筋梗塞はもたもたしてると死に至ります。すぐに的確な病院に運んで治療する必要があります。私は慌てましたね。処置をしながら、救急車がきたらそれに同乗し、臨時休診にして、近隣の病院に搬送して一命をとりとめるということがありましたが、その時は「来たら臨時休診になっていた」ということで患者さんをがっかりさせました。そういう自分の不得意なところは本当に怖いです。でもめぐみ会の場合は専門家が揃ってるので、もし初診で私の外来に心臓病の人が来ても、隣の診察室に居る循環器の専門医に託せばいい。専門だから手馴れているわけです。逆に夜から下血が止まらなくてという患者さんが来た場合は循環器の医師は慌てますから、そういう時は私が担当できれば落ち着いて対処できるわけです。大勢の医者が集団でやることはお互いを守る、医者にとっても安心のシステムなんですね。患者さんにしてみると専門家が揃っていて、年中無休で開いていて、設備もきちんとあって(CT、MRI等)、こういったシステムは医療資源の効率的な使い方ですよね。だから絶対いいと思っています。


金森 聞けば聞くほど理に適っていて、すばらしいですね。


田村理事長 まぁ最初は孤独な戦いでもありましたけどね・・・


金森 でしょうね!


田村理事長 そういった理念を共有してくれる事務スタッフもそうですし、医師の中でもそういったところを理解してくれる方もでてきていますし、心強い同志になります。